プライバシー権

news.livedoor.com

 憲法の人権保障論において、人権享有主体性の議論を抜けると遂に人権各論の分野に突入する。ここでは、13条以下の憲法の諸規定を判例を通してあらゆる角度から考察していくこととなる。

 いわゆる「新しい人権」について、終局的に援用される条文は13条である。個人の人格的自律云々という13条の趣旨からあらゆる憲法上の権利が派生している。

 そして、プライバシー権もこの13条が憲法上の権利たらしめている。

 

 そもそもプライバシー権とは、自己に関する情報をコントロールするという個人の人格的自律という利益を保護するものである。自分の情報が関知しないところで無制限に広がりを見せているようでは、安心した生活ができない。ところで、このプライバシー権によって保護される対象は大別すると二つである。

 まず、「固有情報」と呼ばれる秘匿性の高い情報である。個人の容貌や犯罪歴・病歴といった他人に公開されることを通常望まない情報がこれにあたる。

 もう一つが「単純情報」と呼ばれるものである。氏名や住所といった情報は、たしかに個人を識別する重要な情報であることに違いないが、社会生活を送る上で公開されることが前提となっているという性質をもっているものを指す。

 会社に就職するにせよ、手紙を出すにせよ、住所や氏名という情報を使わずには生活することができない。社会生活の中で多用する情報は、結果として多く人に知られてしまうことは仕方がなく、多くの人が知っている以上秘匿性が高くないということで、「固有情報」と区別して論じられる。

 

 そこで、「単純情報」の公開がプライバシー権の侵害にあたるか争われた事件を一つ最高裁判例から検討してみたい。

 早稲田大学江沢民講演会事件(最判平成15年9月12日)である。

 早稲田大学江沢民の来日に際して同氏の講演会を主催したが、学生の参加にあたっては、学内に据え置かれた名簿を一定期間内に記入したうえで参加証の交付を受けることが必要とされた。この名簿には、学籍番号・氏名・住所・電話番号という4情報の記載が求められた。

 早稲田大学は警視庁・外務省・中国大使館から万全の警備体制をとるよう強く要請を受け、特に警視庁からは警備のために本件名簿の提出を求められた。大学は、警備を警察にゆだねるものとして、本件名簿のほかに教職員・留学生・プレスグループの参加申込書の名簿の写しの提出に応じた。ただし、本件名簿の提出について学生からの事前の同意を得ることはしていなかった。

 そしてこの事件は、講演会中に現行犯逮捕された学生Xが、同意によらない名簿の提出はプライバシー権の侵害であるとして訴えたものである。

 

判旨としては、次のような点が要点であると考える。

自己が欲しない他者にみだりに開示されたくないという利益は、プライバシー権として法的保護の対象になるとしながらも、「本件個人情報は・・・個人識別等を行うための単純な情報であって、その限りにおいて秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。」としている。

同意を求めることが困難な事情が認められないことから、結論としては早稲田大学にプライバシーを侵害であるから「不法行為を形成する」としている。そうだとしても、単純情報であるから秘匿の必要性が高くないとした最高裁の判決は注目に値する。

 

 「単純情報」と「固有情報」の区別はそこまで明瞭なものなのであろうか。

 

 最近でも、Tカードの購入履歴などが捜査機関の手に渡っていたという報道がある。

 購入履歴もそれだけでみれば、「単純情報」と評価されるだろう。しかし、住所や氏名などのほかの「単純情報」を大量に集め、過去の膨大な購入履歴をさかのぼって分析してみたらどうだろうか。「単純情報」の切れ端が、あっという間に個人の内面をえぐる「固有情報」に変容しかねない。

 現代の高度に成熟した情報化社会では、さまざまな情報にアクセスすることができるようになった。それは便利をもたらした反面、一度流出した自己の私的情報は、他人からのアクセスにさらされることとなる。このような社会的背景から考察すると、それ自体としては私事性・秘匿性が低いと認められる情報であっても、慎重に判断することが求められるのではなかろうか。