選択夫婦別氏制度の賛否について―夫婦同氏制合憲判決からのアプローチ―

第1 はじめに

本稿は、夫婦同氏制合憲判決[1]の問題点について考察することを通じて、夫婦同氏強制制度の問題点を明らかにするものである。。単なる政策論としての当否を超えて、憲法上の観点をも踏まえることで、多角的視点から選択夫婦別氏制度[2]の導入について私見を展開することとしたい。

 1現在の婚姻制度概説

婚姻の成立要件について、確認的に述べておくと、①実質的要件と②形式的要件がある。①実質的要件としては、(ⅰ)婚姻意思の合致と(ⅱ)婚姻障害の不存在、②形式的要件としては届出が必要とされる。いっぽうの夫婦同氏(民法750条)は、婚姻の効力として位置づけられている(第2節)。

第2 判例

1事案

氏を定めずに婚姻届けを提出したが、不受理になった者2名を含むXら(原告・控訴人・上告人)は、婚姻の際に「夫又は妻の氏を称する」と定める民法750条の規定は、憲法13条、憲法14条1項、憲法24条1項・2項に違反すると主張し、所要の立法措置を採らない立法不作為を理由に国家賠償請求(国賠法1条1項)を求めた事案である。

2判旨:上告棄却

(1)13条

氏には①名と同様に「個人の呼称としての意義」および②社会の構成要素である「家族の呼称としての意義」があることに着目している。そのうえで、家族が「社会の自然かつ基礎的な集団単位」であるから、氏を一つに定めることに合理性がある点および②家族呼称意義から派生し、「身分関係の変動に伴って改められることが」「性質上予定されている」点を根拠に「人格権の一内容であるとはいえない」とした。そのいっぽうで、「法制度の在り方を検討するに当たって考慮するべき人格的利益」と判示する[3]

(2)14条1項

民法750条の下、96%以上の夫婦が夫の氏を選択することは性差別ではないか問題とされた。判決では、「本件規定は、(中略)夫婦がいずれの氏を称するかを夫婦となろうとする者の間の協議に委ねている」ため「夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではない。」と示し、平等原則違反の点はないと結論づけた。

(3)24条

「本件規定は,婚姻の効力の一つ」であって、「婚姻をすることについての直接の制約を定めたものではない。」

「婚姻及び家族に関する事項は,関連する法制度においてその具体的内容が定められていくものである」。「憲法24条2項は,具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねる」が、その範囲は「個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請,指針を示すことによって,その裁量」範囲に限定されている。

第3 私見

1前提

結論を明らかにすると、選択的夫婦別氏制度を導入するべきだと考える。夫婦の氏の問題についての議論は、立法政策の問題として語られることが多いと感じる。しかしこの問題は、あくまで憲法問題であって本来ならば本判決において最高裁が一部違憲[4]とするべきであったというのが私見である。一部違憲とする法律構成をとる以上、夫婦同氏を婚姻の効力としてではなく要件と見直すことが求められる[5]。たしかに、本件規定は夫婦が婚姻することによって夫婦の氏が一つになるとされるが、婚姻後の氏を定めずに婚姻届を提出しても不備ありとして不受理になる。この点から考えれば、婚姻後の氏を夫婦同一のものとする点は書かれざる自明な要件で、夫婦どちらの氏を婚姻後の氏とするかという点は届出に含まれた形式的要件の一つと考えられるのではないか。

2本判決の批評を通じた私見

選択的夫婦別氏制度を賛成するにあたり、本判決の問題点について言及することとしたい。まず、法廷意見は氏と個人の関係性について、「個人特定機能」があるとするが、それは家族を社会の自然かつ基礎的な集団単位としての「家族呼称機能」の延長として着目するにすぎない。このような論理の展開は、「家族」というフィルターを通して「個人」を眺めるものであって、個人の尊重を理念とする憲法13条と整合しないのではないか。加えて、法廷意見は通称使用の広がりを同氏制度の不利益を緩和すると示している。だが、通称名は同氏制度を維持する根拠とはならずむしろ選択的に夫婦が別氏を称したとしても、社会的な不利益がないことを意味することにつながると考える。

また、平等原則に反するとする点も、夫婦の96%以上が夫側の氏を選択する点でジェンダー間の実質的差異を捉えることなく法が規定しているところ、間接差別にあたると考える[6]。さらに、最高裁は婚姻の自由を、国家制度を前提としている点で制度的自由の性格があるから、広範な立法裁量の存在を容認できるとする。このような人権の保障内容を制度の枠内に限定される制度優先思考を、婚姻の(国が国民に役務や利益を供与する性質のみならず、個人間の結合を公認するという)法的性質に着目し、さらに立法裁量は限定されるべき[7]である。

以上の点から本判決は、本来ならば違憲の結論を導くべきであったと考える。

3社会動態の変化

ここで同氏を強制する制度の不利益性について、将来の立法措置のため社会動態の変化から若干の検討を試みることにしよう。

平成29年男女共同参画白書[8]によれば、昭和61年から平成28年の間で女性の生産年齢人口における就業率は57.1%から66.0%に増加した。さらに、女性の年齢階級別の就業率の推移をみると、妊娠・出産時に離職するいわゆるM字カーブが緩やかになっていることがわかる[9]。これらの点から、女性の就業率全体が上昇しながら、妊娠・出産というイベントにおいても就労し続ける女性が増加しているといえる。このような事情から、男女ともに社会進出をする現代において、夫婦どちらか一方が氏を改めることによる不利益を甘受することが求められる。そうだとするならば、法廷意見が若干言及する改氏による「個人特定機能の阻害」や「アイデンティティの喪失」はより一層現実的な問題として先鋭化するといえよう。

婚姻後の氏をどちらの氏にするか、という点にのみカップルに選択の余地を与えている現行法に、そもそも夫婦の氏を同一にするか否かを選択する余地を与えることを考慮するべきだ。以上より、夫婦選択的別氏制度を導入するべきだと考える。

以上

 

※この記事は、自身が履修する親族法・相続法Ⅰの授業の中で科されたレポート課題の成果である。なお、同課題は既に〆切期日を経過し、採点も終了していることから公開するものであって、同レポート課題が自身未発表のレポートである。

 

以下脚注

[1] 最高裁平成27年12月16日大法廷判決(民集69巻8号2586頁)

[2] 厳密には、「家」を呼称するのが「氏」であり、「血統」を呼称するのが「姓」である。この見解からすると、夫婦同(別)「姓」が正しい用語法であって夫婦同(別)「氏」は誤った表現であるように思える(大村敦志『新基本民法7家族編〔有斐閣平成26年〕』73頁)。もっとも現代日本においては「氏」「姓」の実質的な差異がない点や同義語として用いられてる点を考慮し、特に区別して用いられることは稀である。なお、本稿では引用部分を除き夫婦同(別)「氏」と表記することとしたい。

[3] この点から、法廷意見はあくまで人格的利益以上憲法上の権利未満と評価するものである。すなわち、人格権の保護領域から除外する思考を採っているといえよう。

[4] 一部違憲は、法令違憲の一種であって規定の一部が違憲無効であり残りの部分は合憲有効とする判断手法である。一部違憲に対応する判断手法に全部違憲があるが、これは「いくつかの予見可能な状況においてではなく、法規定が合憲に適用される状況が全く存在しない」という場合を語るテスト(Salerno test)である(Salerno testについては青井美帆「憲法判断の対象と範囲について(適用違憲・法令違憲)」成城法学79号(2010年)49~50頁。。

[5] 高橋和之「『夫婦別姓訴訟』-同氏強制合憲判決にみられる最高裁の思考様式」世界2016年3月号144頁

[6] これを「女性が氏を変更するのが『当然』と意識・無意識が、男性だけでなく女性を支配している」として、巻美矢紀「憲法と家族―家族法に関する二つの最高裁大法廷判決を通じて」(論ジュリ18号)91頁は、「家制度の残滓」と批評している。

[7] 同様の見解として、田代亜紀「夫婦同氏制度と『家族』についての憲法学的考察」(早稲田法学93巻3号、2018年)116頁

[8] 男女共同参画白書平成29年度版 本編Ⅰ第1節 「就業率の推移」2020年6月21日閲覧

http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h29/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-00-01.html 

[9] 前掲注8 「女性の年齢階級別就業率の変化及び推移」

http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h29/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-00-02.html