ふくろうさんのホーホー日記

司法試験受験生の雑感

7月27日 雑感

  1.  試験対策
    当然だが、短答は過去問の焼き直しが多い(コピペ問題と勝手に呼んでいる。)。そのため、直前期の現在は直近3か年分の過去問を周回して解く等してみようと思う。論文対策はあまりしていない。刑法事例演習教材の問題を読み、過去に作成した答案を見直したりしながら基本書に立ち返るスタイルで復習する程度である。予備試験の過去問を読み直しながら典型論点については基本書や百選に戻りながら考えるくらいはしておこうと思う。あとLS入試についても論点発見と論証の足掛かりまでは思考の訓練をしておく。LS入試過去問については、過去2年分×6科目くらいにとどめておこう。
    実は対策が追い付いていない行政法、LS入試に出題されないことから後手になりがち。取消訴訟行政法総論の義務賦課行為は絶対にやっておくべきか、あと処分性・原告適格ほか訴えの利益

  2.  期末試験
    これが最近の最大のストレス源。なんといっても、告知の遅さ。テーマ発表から提出まで1週間ほどしかなく、テスト形式でもなく調査私見型のレポートでこれは厳しい。2週間は猶予を与えてくれないと予備試験との両立が図れない。教員陣は、大学生=暇(なお一層オンラインならば!)という思考なのだろうか。

  3.  大学の態度
    学内の感染者の発生が公式HPに発表されるようになってきた。全国2万人弱の感染者(都内は1万人超え)であるから、1億2000万人で割ると、5000人に1人の数である。大学在籍の学生数は2万人弱なので、感染者が4人ほどは発生している(はず)ということになる。HPでは、3人掲示されていることから、「まぁそんなもんだろうな」と。同じ大学の学生から感染者が出れば、なんとなく脅威が身近に迫ってきたといえるのかもしれない。
    感染した学生は、感染前に大学構内に立ち入ったことはないとのことで、学内に濃厚接触者はいないらしい。最近、大学からの連絡でコロナウイルスに感染したら、大学保健室に連絡するよう催促するメールが来た。若干違和感を覚えたので、その理由について詳述しよう。
    まず、違和感を覚えた点は、なぜ大学が学生の感染情報を収集するのか、という点である。学内に濃厚接触者が存在する(存在する可能性があるを含む)ならば、接触した人の健康衛生上問題があるから、収集する合理性を肯定できる。そうではなく、大学側は濃厚接触者が学内にいるかどうかにかかわらず、「連絡するように」ということだった。
    コロナウイルスへの感染という情報は、当然病歴に関する情報である。

    プライバシー情報には2種類あり、①個人の社会的評価に直結する固有情報と、②社会生活上公開されることが受忍されるべき外延情報(単純情報)がある。①固有情報には、伝統的には個人の信用情報(クレジットヒストリー、借金の情報)や犯罪歴、病歴が含まれる。②外延情報には、個人の氏名、住所、性別などの情報が含まれると考えられている。

    プライバシー情報の保護の期待は、固有情報ならば増加し、外延情報ならば減少するというのが憲法の定説である。固有情報にいう社会的評価に病歴が含まれるのは、様々な理由があろう。生命保険の加入等においてはその人の病歴や持病情報は保険加入や保険料算定基礎事情とされることが多い。そのような点から固有情報に包含されるものと考えることもできる。ここで強調したいのは、病歴情報は本来個人の善人悪人の人格判断にダイレクトな影響を及ぼすものではないということである。(いっぽうの犯罪歴情報については、かなりその人の人格判断の基礎とされるような情報であるように思う)。

    いっぽうでコロナ感染をめぐっては、その人個人の人格攻撃や偏見を生産しかねない情報といえる。そもそもコロナ感染=悪という偏見が誤りではあるが、社会的評価やSNS上での炎上を防止することを志向する人々(私を含む)からすると、感染したという情報は何にも代えがたい秘匿の期待が増加する情報といえる。そうであるからこそ、自分が感染したという情報は、濃厚接触者以外の人間に知らせるつもりもないし、知らされたくないと考える。
    話が膨らみすぎたので、以上の内容から整理すると、コロナ感染の情報はプライバシー情報として保護の期待が増加することからするとその情報の取り扱いは個人の意思に大きく委ねられるべきであるということである。
    濃厚接触者が学内にいるかどうかを問わず、感染情報を(たとえ本人の任意としても)収集するならばそれなりの説得的な正当化論証が求められる。合理的な根拠があって収集するならば、その根拠を示した方が任意の情報収集もより有効なものになるに違いない。そのような細かな学生のプライバシー保護に対する配慮なくして、コロナ対策は実益をあげない。そして、何よりそのような価値考慮をできない大学当局は、法学部がある大学と言って恥ずかしくないのだろうか?

    若干批判的なメッセージになってしまったこと、ご容赦頂きたい。