インターネット上の誹謗中傷問題

誹謗中傷問題の民事責任

これら情報法について概説された著名な専門書として、

曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説(第2版)』(弘文堂、2019年)がある。

発信者情報開示請求とプロバイダ責任制限法

プロバイダ責任制限法は、プロバイダ(特定電気通信)における情報の流通によって権利の侵害があった場合について、プロバイダ事業者の損害賠償責任の制限と発信者情報の開示請求権の規律について定めた法律です。

プロバイダの種類

ここでいうプロバイダには2種類のものがあります。まず、①ホスティングサービスプロバイダ(HSP)は、インターネットに接続されたサーバを運営し、その機能を顧客に利用させる役務(ホスティングサービス)を提供する者をいいます。具体例としては、レンタルサーバ事業者(ライブドア)、ブログサービス事業者(アメーバ、はてなブログ)、SNS事業者(Twitter、LINE)があたります。次に、②コンテンツプロバイダ(CP、CSP)があります。これは、デジタル化された情報を提供する者をいうと定義されており、インターネット接続事業者がポータルサイトを運営し、サイト上でニュースや娯楽記事を提供していれば、これらの情報との関係ではコンテンツプロバイダにあたるとされます。Yahooやmsnなどの検索エンジンを運営している会社がこれにあたります。さらに、③アクセスプロバイダ(経由プロバイダ、ISP)は顧客に対してインターネット接続サービスを提供するものと定義されています。これは、携帯電話回線や自宅のインターネット回線サービスを提供する会社がこれにあたります。

プロバイダ責任法の理念

プロバイダは、発信者に対して表現行為をするプラットフォーマーとしての地位にあります。そのため、プロバイダが安易に発信者の投稿を削除する事態となれば、プロバイダは発信者側から債務不履行に基づく損害賠償請求をされる可能性があります。そのため、プロバイダ側としては投稿の削除に消極的になるわけなのです。

一方で、誹謗中傷などの名誉毀損事案・個人情報が晒されるプライバシー侵害事案が放置されることとなれば、無秩序なインターネット空間になる危険があります。

ホスティングサービスプロバイダは、侵害情報を削除しなければ権利者から、非侵害情報を削除すれば発信者からそれぞれ損害賠償責任を追及されうるおそれがあるといえるのです。このような判断は専門家であっても困難であり、事業者の自主的対応を促進するためにはどのような行為規範に従えば法的責任を問われないか明確にしておく必要があります。

そこで、(1)送信防止措置(要は削除)を講じなかったために損害賠償責任を負いうる場合と(2)送信防止措置を講じても損害賠償責任を追わない場合をそれぞれ規定しているのです*1

不作為による損害賠償責任の制限

 第3条

1 特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害されたときは、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下この項において「関係役務提供者」という。)は、これによって生じた損害については、権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合であって、次の各号のいずれかに該当するときでなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該関係役務提供者が当該権利を侵害した情報の発信者である場合は、この限りでない。

 当該関係役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき。
 当該関係役務提供者が、当該特定電気通信による情報の流通を知っていた場合であって、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき。

 この条文は、プロバイダが侵害情報の送信防止措置を講じなかったことに関し、これによる損害を被った権利者との関係で損害賠償責任を追及されうることについて規定しています。

「送信防止措置を講じることが技術的に可能」(柱書)とは、通常の技術力のあるプロバイダ等にとって、社会通念上、必要な限度において送信防止措置を講じることが合理的に期待できることを指すとされています。

1号・2号はプロバイダ側の認識が要件となっており、第一に侵害情報の流通そのものを認識している必要があります。これについて認識がなければ、プロバイダ側に過失がなく、損害賠償責任も肯定されないこととなります。

作為による損害賠償責任の制限

第3条2項

特定電気通信役務提供者は、特定電気通信による情報の送信を防止する措置を講じた場合において、当該措置により送信を防止された情報の発信者に生じた損害については、当該措置が当該情報の不特定の者に対する送信を防止するために必要な限度において行われたものである場合であって、次の各号のいずれかに該当するときは、賠償の責めに任じない。
 当該特定電気通信役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったとき。
 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者から、当該権利を侵害したとする情報(以下この号及び第四条において「侵害情報」という。)、侵害されたとする権利及び権利が侵害されたとする理由(以下この号において「侵害情報等」という。)を示して当該特定電気通信役務提供者に対し侵害情報の送信を防止する措置(以下この号において「送信防止措置」という。)を講ずるよう申出があった場合に、当該特定電気通信役務提供者が、当該侵害情報の発信者に対し当該侵害情報等を示して当該送信防止措置を講ずることに同意するかどうかを照会した場合において、当該発信者が当該照会を受けた日から七日を経過しても当該発信者から当該送信防止措置を講ずることに同意しない旨の申出がなかったとき。

 この条文の趣旨は、プロバイダ等が、送信防止措置を講じたことに関し、発信者との関係で損害賠償責任を負わない場合について規定したものです(作為責任の制限規定)。プロバイダは、上述のように非侵害情報までをも削除すれば、契約上の義務違反を根拠に損害賠償請求を追及されうるため、本項は作為責任を制限することで、プロバイダ等が損害賠償責任の追及を恐れて過度に送信防止措置を躊躇することのないようにする意義があります。

ここまで説明した、プロバイダの責任制限規定は発信者と請求者の板挟みにあるプロバイダの地位の特殊性、送信防止措置をめぐるプロバイダの負担除去という法の発想を端的に表わしているといえます。

匿名表現に関する法的紛争解決フロー

インターネット空間における匿名表現に関する法的紛争は、以下の裁判手続きを要します。

まず、①権利を侵害する匿名表現の発信者情報を開示をプロバイダ側に請求します(発信者情報開示請求権、法4条)。次に、プロバイダ側から開示された発信者情報をもとに、発信者本人に対して損害賠償責任を追及します。

このように、発信者情報開示請求をしなければならない理由は、現行訴訟法において匿名訴訟が認められていないからです。被告が特定されていない段階での出訴は、訴訟経済に反するといえるからでしょう。

発信者情報開示請求権

第4条

特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し、当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示を請求することができる。
 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。
 開示関係役務提供者は、前項の規定による開示の請求を受けたときは、当該開示の請求に係る侵害情報の発信者と連絡することができない場合その他特別の事情がある場合を除き、開示するかどうかについて当該発信者の意見を聴かなければならない。
 第一項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない。
 開示関係役務提供者は、第一項の規定による開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該開示関係役務提供者が当該開示の請求に係る侵害情報の発信者である場合は、この限りでない。

権利侵害情報が匿名で書き込まれた際、被害者(権利侵害を主張する者)が、被害回復のために当該匿名表現者(発信者)を特定し、損害賠償請求等を行うことができるようにするのが本条の意義です。

4条1項1号「権利が侵害されたことが明らか」であるときとは、不法行為等の成立を阻却する事由の存在をうかがわせる事情が存在しないことをも含む趣旨と解釈されています。例えば名誉毀損の主張に対して真実性の抗弁が主張され、著作権侵害の主張に対して権利制限規定の適用が主張されるなど、発信者が一応の根拠を示して開示に反対しているときは、権利侵害が明白と認められる場合に限って、本項が適用されるのです。

2号の「発信者情報の開示を受けるべき正当な理由」とは、開示請求者が発信者情報の開示を受けるべき合理的必要性が肯認されることをいいます。発信者に対して民事責任を追求する目的などが典型例として挙げられます。

判例

侮辱的表現を含むものであったとしても,それが具体的事実を摘示して相手方の社会的評価を低下させるものではなく,人が自分自身の人格的価値について有する主観的な評価である名誉感情を侵害するにとどまる場合,直ちに法的保護に値するような人格的利益の侵害となるものではなく,それが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に初めて人格的利益の侵害と認められ得るにすぎない(最高裁平成22年4月13日大三小法廷判決)*2

この判決の要旨は、侵害情報の発信者についての情報開示請求に応じないプロバイダ(開示関係役務提供者)が、被害者(開示請求者)に対し不法行為に基づく損害賠償責任を負うのは、プロバイダが、被害者による開示請求がプロバイダ責任制限法4条1項所定の要件すべてを満たすことを認識しているとき、又は要件すべてを満たすことが一見明白であり、かつ、その旨認識することができなかったことにつき重大な過失があるときのみであるということ。

そして、プロバイダ(開示関係役務提供者)が、インターネット上の掲示板の書き込みにより名誉毀損を受けたと主張する被害者(開示請求者)からの発信者情報の開示請求に応じなかった場合であっても、書き込みの文言それ自体が、具体的事実を摘示して被害者の社会的評価を低下させるものではなく、また、侮辱的な表現はその書き込み中の一語のみであり、特段の根拠を示さず、意見ないし感想として述べられているなど、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることが一見明白であるということはできず、権利侵害が明白か否かの判断が容易ではないときには、プロバイダにプロバイダ責任制限法4条1項の重大な過失があったということはできないということが示されています。

*1:この(2)のように法的の行為規範に従えば免責されるという規定の方式をセーフハーバー規定といいます。

*2:本判決の評釈については、中村さとみ「判解」法曹時報65巻4号190頁所収、町村泰貴プロバイダ責任制限法の『特定電気通信役務提供者』とその責任」メディア判例百選第2版所収、和田真一「判解」民商法雑誌143巻4=5号461頁所収、前田雅英「ネット社会と名誉毀損<警察官のための刑事基本判例講座9>」警察学論集63巻6号144頁所収、池田秀敏「発信者情報開示請求に応じなかったプロバイダーの責任」信州法学21号147頁所収等をご参照ください。