自己利用文書と「特段の事情」2020年後期・民訴法

本稿の主題

※この記事は、2020年後期開講「民事訴訟法Ⅱ」の期末レポートとして提出したものをブログ記事として一部改変したものです。同講義の成績が明らかになったタイミングで公表しています。(なおすべての脚注を反映させていない点はご理解いただきたい)

100点満点中→98点

本稿の主題は、「自己利用文書」(民事訴訟法220条4号ニ)該当性に関する二つの決定である。まず課題に提示された某裁判所がした決定(以下「某決定」という。)と平成12年決定*1の相違点を明らかにする。そのうえで、平成11年決定の「特段の事情」は、示された判断枠組みが将来妥当しない事案が発生することを考慮したものにすぎないという私見を前提に、某決定を好意的に評価する根拠を述べることとする。

検討

自己利用文書該当性をめぐる判例

「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(民訴法220条1項4号ニ)である場合、文書の所持者は文書提出義務から免れることになる(同条4号柱書)。自己利用文書が除外事由とされている趣旨は、外部の者に開示することを予定していない文書にまで一般的提出義務を課すと、自由な意思形成活動を不当に害することにあるからである。そこで、①「外部の者に開示することが予定されていない文書」であること(外部非開示性)、②「開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがある」(不利益性)場合には、③自己利用文書該当性を否定するべき特段の事情がない限り、自己利用文書にあたるとするのが判例*2である。

本稿の主題との関係で言及するべき平成11年決定の意義は、「特段の事情」があれば①外部非開示性、②不利益性が認められる場合でも、自己利用文書にあたらず提出義務を肯定する余地を残した点である*3。なお平成11年決定で「特段の事情」について明確に示されていない。

平成12年決定

この事件は信用金庫の会員が代表訴訟において信用金庫の貸出稟議書について、文書提出命令の申立てをしたところ、この貸出稟議書*4が自己利用文書にあたるかどうかが争われたものである。平成12年決定は、「特段の事情」を「文書提出命令の申立人がその対象である貸出稟議書の利用関係において所持者である信用金庫と同一視することができる立場に立つ場合をいうものと解される」との立場を示した。そして、信用金庫の会員はこれにあたらないとして、「特段の事情」にはあたらず自己利用文書に該当することを肯定した。示された「特段の事情」の解釈にあたらないとされた根拠は以下の通りである。まず、信用金庫の代表訴訟は信用金庫法39条において準用する商法267条に基づくものであり、会員は本件文書の閲覧・謄写請求権を有していない。会員代表訴訟は、会員の地位に基づいて追行するものにすぎないから、申立人である会員を信用金庫と同一視することは困難である、というものだ。そのため、貸出稟議書に特段の事情の存在を認めることはできず、文書提出義務は否定される。この決定から考えると、提出義務を課す余地がほとんどないといえる。

また、平成12年決定で示された「所持者・・・と同一視することができる立場」について、具体的にどのようなものを想定しているかは明晰ではない。

某決定

某決定は、平成11年決定が示した自己利益文書該当性の準則に従って、以下のような判断を示した。

まず、「Y社が法令上の保存義務を負っている文章ではない」ことを根拠に、①外部非開示性を肯定している。次に、本件内部文書は、「本件MBOの検討資料として業務の遂行上作成」されていることから、「一般的には、Y社におけるMBOの遂行が阻害されるおそれ」、「内部における自由な意見表明に支障を来し、Y社の自由な意思形成が阻害されるおそれ」を考慮して、②「類型的には」不利益性があるとした。

外部非開示性、不利益性は文書の一般的性質から類型的に判断するのに対して、「特段の事情」の肯否はその基本的事件の性格、検証に必要な資料と言い得るかどうかを基準に検討を加えている。某決定は、①MBOにおける株氏・経営陣の利益相反の関係性・情報格差(基本事件の性質)、②本件内部文書が第三者委員会の調査・本訴提起請求にかかる検討における資料であること(資料の要検証性)、③3年の時間経過と経営体制・経営状態の変化により再度実施の可能性がないこと(再度実施の可能性)から「特段の事情」があるとして、自己利益文書にはあたらないとの判断を示した。

私見

最高裁をはじめ、判決・決定に示される判断準則に含まれる「特段の事情・・・」という表現の多くは、予測しえない将来の事件において示された規範が妥当しない局面を想定したものではないか。そうだとすれば、「特段の事情」の意義は一義的に定まるものではなく、あくまで①外部非開示性、②不利益性という客観的な判断要素からは自己利益文書にあたりそうだが、そのようにして文書提出義務を免除することで生じる何らかの不都合という表現以上に具体化することは難しい。そのため、「特段の事情」を「所持者・・・と同一視することができる立場」と解釈する平成12年決定は不可解であるし、平成12年決定はこの具体例を挙げていない以上、この解釈を採ることは説得的でない。

一方で、某決定はMBOが「本質的に利益相反の関係にある上、情報格差も大きいこと」を指摘して、「手続過程の透明性、合理性を確保する必要」とその態勢が必要であるから、自由な意見交換・意見表明に心理的制約が生じるのは「一定程度受忍されなければならない」と評価した。基本事件がこのようなMBOであること(前述の①基本事件の性質)を丁寧に考慮している。

また、基本事件と文書のかかわりが強く、被告社外取締役お意思形成過程への不適切な介入行為の存否を検証する必要性があることを挙げている。また、第三者委員会の調査の検証における資料として使用されているから、「手続過程の適正性の検証に必要な資料」としての有用性も指摘している(②資料の要検証性)。

某決定は、③再度実施の可能性を指摘して「特段の事情」を肯定するだけでなく、①基本事件の性質、②資料の要検証性に言及した点で詳細な利益較量がなされた点を評価できる。平成11年決定が示した「特段の事情」は、平成12年決定のように一義的な解釈を採るのではなく、某決定のように具に事情を評価する中で、その肯否を見極めることが欠かせないのではないか。

参考文献

脚注掲示のものの他に、以下のものがある。

  • 島弘雅「株主代表訴訟と文書提出命令」徳田和幸先生古稀祝賀論文集 山本克己・笠井正俊・山田文『民事手続法の現代的課題と理論的解明』(弘文堂、2017年)271頁以下
  • 島弘雅「文書提出命令の発令手続と裁判」栂・遠藤古稀 伊藤眞・上野泰男・加藤哲夫『民事手続における法と実践』(成文堂、2014年)541頁以下
  • 伊藤眞『民事訴訟法[第4版補訂版]』(有斐閣、2014年)443-444頁
  • 上原敏夫・池田辰夫・山本和彦『民事訴訟法[第7版]』(有斐閣、2018年)172-173頁
  • 藤田広美『講義民事訴訟[第3版]』(東京大学出版会、2013年)262-271頁
  • 藤田広美『解析民事訴訟[第2版]』(東京大学出版会、2013年)290-299頁

 以上

*1:最高裁平成12年12月14日第一小法廷決定・民集54巻9号2709頁 (平成12年決定)

*2:最高裁平成11年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁 (平成11年決定)

*3:上野泰男「文書提出命令(2)―自己利用文書」『民事訴訟判例百選』所収

*4:判例評釈・福井章代、ジュリスト1212号105頁所収(2001年11月15日、有斐閣)によれば、ここでいう貸出稟議書は「信用金庫に対し、問題とされている融資に関する稟議書」および「これらに添付された意見書」である。