パン屋の二階のカフェで

三連休の初日

 この三連休は初日である土曜日(10月7日)だけ天気が良いらしい。後の2日は荒天に見舞われるらしい。そうなれば「三連休らしいことは土曜日に済ませておこう」と考えるのが自然である。

 昼下がりの暖かな日差しを浴びて散歩でもするか。たまにはいつもと逆方向の電車にのってみようと考えた。そういえば,「お宅の会社の宣伝を番組でやってあげるから,会社と逆方向の電車に乗って英気を養う様子を撮らせてくれませんか」という番組もあったなぁ。処理すべき業務のある平日にそんなことはできないが,休日ならできるな。

 電車に揺られること数駅。市の中心部から30分は離れた街にきた。住宅街が多いがレジャー用のクルーザーが泊まる港もある。近くに私立大学もあるから,若者は多いし,彼らが行くであろう飲み屋も充実している。スーパーやドラッグストアもある。誰もが憧れる都会という風情ではないが,田舎から出てきた人なら馴染みやすい街並みだろう。少し歩くと町の不動産屋がある。大学生用のワンルームアパートを家賃3万9000円から貸し出している。さすがに安すぎるが,市の境までくると相場はそんなもんだろう。

 近隣の私立大学には何度か足を運んだことがある。よく英検やTOEICの公開会場として指定されることも多いからだ。ここ5年くらいご無沙汰しているから,自分の英語力も低くなっているのだろうな・・・

 あてもなく国道沿いを歩いてみると何件かコーヒー屋があることに気付いた。コーヒー屋といっても豆を量り売りしたり製粉して売ってくれるタイプのお店で,散歩している者がふらりと立ち寄るようなきらいの店ではない。そんな店を横目に見ていると休憩がてらコーヒーを一杯飲んでみたいなと思うようになる。思えば,駅からさらに郊外に向かって歩いているから,この先に僕ののどを潤してくれるだろう喫茶店はなさそうだ。

 そこでiPhoneを取り出して周辺検索をした。最近iPhone15 Proが自宅に届いて機種変更をした。その際,YouTubeで紹介されていた周辺検索をするショートカット機能をダウンロードして実装したのである。―半分,知らない町。近くになにがあるか見当がつかないから実践してみよう。―そう思った。

 周辺検索のショートカット機能は良くできていて,作った人は賢いひとだろうと思った。起動すると,ガソリンスタンドやコンビニ,ATMなどどれを探しているか聞いてくる。これらはどれも出先で急遽行く必要に駆られる場所である。検索リストの最後に「喫茶店・カフェ」という選択肢があり,これをタップする。すると,Apple準正のマップアプリが立ち上がり,周辺5キロメートルくらいだろうか,いくつかの候補をリストアップしてくれる。

 僕が進んでいる道の先にも何件かあるようだ。しかし,良く見てみるとそれはコンビニであった。たしかに最近のコンビニはテイクアウトコーヒーが充実しているし,事実ローソンはその手のサービスを「まちカフェ」とかなんとかというキャッチコピーで売り出しているから全くの的外れだとは思わない。だが,そういう検索結果を平気な顔して出してしまうのはどうなんだと思わないではない。結局,これ以上先に進んでも何もなさそうだから,駅前まで引き返すことにした。

パン屋に入る

 周辺検索のショートカット機能も大通り沿いから外れた個人経営の純喫茶まで出してくれたので,検索結果を精査すれば使い勝手はいいだろうと思った。その喫茶店は,おそらく店主であろう女性の下の名前を冠した店名で,店先のボードにはサイフォンで淹れているという。

 最近はめっきりサイフォンで淹れるコーヒーは減った。数年前までサイフォンで淹れるコーヒーチェーンもあったが,今ではドリッパーでの抽出にかわってしまった。サイフォンで淹れるコーヒーは時間がかかる。だから,忙しい時間帯に行くと薄く,余裕がある時間に行くと濃く感じる。淹れる人によっても風味が変わるから,同じ豆でも通う甲斐があるのだ。

 だからその店に興味はあったが,しかし入店は断念した。なぜなら,この手の個人経営の喫茶店は現金しか使えないからだ。僕は,軽い散歩のつもりで出かけたからスマホと文庫本しか持っていなかった。キャッシュカードは持っていたので,コンビニのATMで現金を下ろして再度入店することも可能ではあったが,小銭を持ち帰るのが面倒くさい。そこまではしたくない。そう思って別の店にすることにした。

 駅前にはタリーズコーヒーがある。だが,多くの客でにぎわっていた。なぜなら三連休の初日だからである。1階にパン屋のテナントが入っているビルを見つけた。見上げると,2階はカフェ・レストランだという。「さっきの周辺検索には引っかからなかったな」、実際に歩いてみるとそういう店は結構ある。それは町を歩く楽しみの一つでもある。

 懸案は現金以外の決済手段に対応しているか,である。入店してみるとまずレジ機があり,PayPayのバーコードの立て札とクレカの読み取り機があった。「VISAのマークはあったから,Suica楽天ペイが使えなくてもクレカは使えそうだ。そうでなくてもPayPayが使えるならそれで支払えばよいな」。そう思って店員にキャッシュレス決済に対応しているか,確認することなく促された席に座った。

かぼちゃプリンとアイスコーヒーを頼む

 店内はハロウィーンの装飾であふれていた。家族連れやシルバー世代が友人同士で歓談している様子が見えた。ここには胡散臭い投資話をする若者は見当たらない。そういう連中がいると気が気でならないから安心した。

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 頼んだ品はすぐに運ばれてきた。アイスコーヒーは意外に量が多かった。400mlはありそうだ。今朝はコーヒーを飲んでいないから、カフェインの取り過ぎにはならないが、午後にこんなに飲むのは少し気後れするな。

 暫くプリンとコーヒーを嗜みつつ『君たちはどう生きるか』を改めて読んだ。数年前に亡くなった祖父がお気に入りだった一冊である。僕が中学生の頃勧めてきて,当時はコペルくんが人間と分子の共通性に気付く第1章だけを読んで本棚の肥やしにしていた。その後,祖父が亡くなってから何章か読みすすめた記憶こそあるが,読了した記憶はない。章ごとで話は区切れているから中座しやすく,しかし再開しようという気持ちになりにくいのであった。

 数年前に唐突なブームが到来してからは,逆に読む気が失せていた。ところが,最近は宮崎駿の映画で話題になった。しかし本書は宮崎の映画と直接の関連性はない。映画の主人公・眞人が,本書を読んで勇気を出すという描写があるのみだ(おそらく彼が読んだのも第1章だけであろう)。本書を読んだ人ならば眞人の行動変容に共感できるという点では関連性はある。そういう意味では映画『君たちはどう生きるか』は,本書を読んだことを前提としているのかもしれない。

支払をすませて帰ろうか・・・そういえば

 日も傾いてきた。寒くなると家路がしんどいのでそろそろ会計をしよう。そういえば,キャッシュレス決済に対応しているか確認していなかった。

 既に商品提供まで済んでいて「当店のお支払いは現金のみです」と告知された場合,どうなるだろうか。実際上の対応は,現金を持ち合わせていない(キャッシュレス決済しか対応できない)旨を伝えてATMに駆け込むだろう。店側も代金を受け取らずに客を外に放すのはリスクだろうから,身分証を預けるか個人情報を差し出して一時解放してもらうことになるだろう。

 この場合,僕は代金を支払わなかった場合,どのような犯罪が成立するだろうか?

刑法の教科書では,無銭飲食詐欺事例が紹介されることが多い。

事例⑴

甲は,持ち合わせのお金がなく,代金を支払うつもりがないにもかかわらず,かつ丼屋に赴いた。案内された席に座った後,甲は,店員に対して「かつ丼1つ」と申し向けた。店員は「毎度あり」と返事をし,10分後,店員は甲に対してかつ丼を提供した。甲はかつ丼を食べた後,代金を支払うことなく店を立ち去った。この場合の甲の罪責を論ぜよ。

 結論としては詐欺罪(刑法246条1項)が成立する。詐欺罪が成立するためには「人を欺いて」(246条1項)という要件に該当することを要する。

(詐欺)
第246条 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

 「欺」く行為といえるためには,財物の交付や財産上の利益の処分に向けて人を錯誤に陥れることをいうとされている。そして「欺」く行為の内容としては,相手方の交付行為・処分行為にの判断の基礎となる重要な事実を偽る行為をいうとされている。

 事例⑴の場合,甲は,店員に「代金を支払うつもりである」と明確に申し向けていたわけではない。店員が勝手に「甲が代金を支払うものだ」と勘違いしたにすぎないというならば,屁理屈ではあるが理屈を通そうとすると間違ってはいないのである。しかし,「社会通念上,飲食店で注文をしたらその代金は支払われるものだ」という経験則がある。したがって,甲の注文は「欺」く行為にあたるのだという説明として,無銭飲食事例がよく持ち出される。注文の時点から代金を支払う意思がなく,無銭飲食をはたらいた場合には,提供されたかつ丼を「財物」とする詐欺罪(246条1項)が成立する。

 では,次の事例ではどうだろうか。

事例⑵

甲は,かつ丼屋に赴いた。案内された席に座った後,甲は,店員に対して「かつ丼1つ」と申し向けた。店員は「毎度あり」と返事をし,10分後,店員は甲に対してかつ丼を提供した。甲はかつ丼を食べた後,持ち合わせの金がないことに気付いて,店員に「持ち合わせの金がないからATMでおろしてくる。すぐに戻る」と言い,店員の了解を得て店外へ出た。しかし,甲にはATMで現金を下ろし,店に戻るつもりは最初からなかった。この場合の甲の罪責を論ぜよ。

 事例⑵は事例⑴と異なり,注文する時点では代金を支払うつもりがなかったわけではない。だから,事例⑵における甲の注文行為を「欺」く行為とはいえないのである。そうだとすると,事例⑵ではかつ丼を「財物」とする詐欺罪(246条1項)は成立しない。

 しかし,甲は,店員に対して,「持ち合わせの金がないからATMでおろしてくる。すぐに戻る」と嘘を申し向けている。この嘘は,店員に対して「甲が現金を用意して代金を支払うだろう」という錯誤に陥れる行為であり,店外へ出るという処分行為に向けられたものであるから「欺」く行為に該当する。これにより,甲は代金の支払いを免れており,「財産上不法な利益を得」ていると評価され,詐欺利得罪(246条2項)が成立する。

事例⑶

甲は,かつ丼屋に赴いた。案内された席に座った後,甲は,店員に対して「かつ丼1つ」と申し向けた。店員は「毎度あり」と返事をし,10分後,店員は甲に対してかつ丼を提供した。甲はかつ丼を食べた後,持ち合わせの金がないことに気付いて,店員に「向こうの客が呼んでいましたよ」と言い,店員の注意をそらして店外へ出た。この場合の甲の罪責を論ぜよ。

 事例⑶では,事例⑵と同様に店員に嘘を申し向けているが,嘘の内容が異なる。事例⑶の嘘は,店員の処分行為(現金を用意するために店外へ出ることの許しを得る行為)に向けられた嘘ではなく,店員の注意をそらすための嘘である。したがって,「欺」く行為に該当しないから,この場合,詐欺罪は成立しない。

 利益窃盗という類型にあてはまる。窃盗罪をみてみると,客体は財物に限定されているので,事例⑶では何の犯罪も成立しないということになる。

検察官ならどうするか

 僕は注文時点まで代金を支払うつもりはあった。一瞥して確認した程度だがキャッシュレス決済に対応していそうだし,代金を支払うこともできるはずだと信じていた。したがって,注文行為を「欺」く行為とはいえないように思える。

 また,支払いの段階になり,店側から「当店のお支払いは現金のみです」と言われた場合,僕が「それならば代金を支払いません」と宣言し勝手に帰った場合はどうなるだろうか。「持ち合わせの金がないからATMでおろしてくる。すぐに戻る」などと言わず堂々と「支払わない」というのである。この場合,処分行為に向けられた嘘(そもそも嘘ですらないが)はないから,「欺」く行為はない。そうすると詐欺罪は成立せず,利益窃盗にすぎないから何らの犯罪も成立しないか?

 しかし,僕は「キャッシュレス決済なら支払う用意がある。現金のみの場合は支払う意思はない」という意図で注文していたとする。その場合,注文行為の段階で「欺」く行為の条件付き故意があるとみることができるだろう。自分が検察官だったら,そのように冒頭陳述で主張する。そして,「被告人に条件付き故意があったこと」を立証趣旨としてこのブログ記事の証拠申出をするだろう。

 そんなことを考えていたらすっかり日が沈んでしまった。もちろんキャッシュレス決済に対応していたので事なきを得た。そして,仮に端末の不具合等で現金のみ対応だとしたら,身分証か個人情報を人質に現金を下ろしてきっと店に戻って支払いをしただろう。

 この店は,1階で買ったパンを2階のカフェで食べることもできるそうだから,今度試してみようかな・・・