第1回 プロ野球選手会肖像権訴訟
はじめに
日本のプロ野球において、選手個人が自ら肖像権を管理するのではなく、球団側が管理してきた。2000年に日本野球機構が3年間にわたってゲームに関する肖像等の利用を特定のゲーム開発会社に独占させる認可(以下、「独占認可」)を与えた。選手会側は競争によって様々な魅力あふれるゲームを生み出すことで、プロ野球界全体の魅力度向上を企図していたために1社独占状態による弊害を除去するために訴訟に至った。
内容・判決についてのメモを加え、肖像権に関する見解や一般的な学説について紹介した後、若干の私見を記しておきたい。
肖像権訴訟の内容
参考文献
- 升本喜郎「プロ野球選手の肖像権に関する使用許諾権限の所在」(コピライト550号30頁所収)
- 丹羽繁夫「プロ野球選手のパブリシティ権をめぐる諸問題:東京地判平18・8・1が積み残した課題」(NBL858号40頁)
- 花本広志「プロ野球選手と所属球団との間において、プロ野球ゲームソフト及ぶプロ野球カードにつき、球団が第三者に対して選手らの氏名及び肖像の使用許諾をする権限を有しないことの確認請求が棄却された事例:プロ野球選手肖像権訴訟第一審判決」(判例時報1981号206頁)
- 諏訪野大「プロ野球選手の氏名及び肖像の商業的利用権(パブリシティ権)が統一契約書16条によりプロ野球球団に独占的に使用許諾されていると認められた事例」(慶應法学81巻4号77頁所収)
最高裁平成22年6月15日第三小法廷決定 (LEX全文入手不可のため収録なし、書誌のみ)
事実の概要
原告:
*楽天・ソフトバンクについては訴訟に参加していない。理由不明
被告:
巨人、ヤクルト、横浜、中日、阪神、広島、日本ハム、ロッテ、西武、オリックス各社(楽天・ソフトバンク除く)
統一契約書16条の契約文言
本件訴訟はプロ野球選手と所属球団間で締結される統一契約書の文言の解釈およびその有効性が問題とされている。
第16条
球団が指示する場合,選手は写真,映画,テレビジョンに撮影されることを承諾する。なお,選手はこのような写真出演等にかんする肖像権,著作権等のすべてが球団に属し,また球団が宣伝目的のためにいかなる方法でそれらを利用しても,異議を申し立てないことを承認する。
2 なおこれによって球団が金銭の利益を受けるとき,選手は適当な分配金を受けることができる。
3 さらに選手は球団の承諾なく,公衆の面前に出演し,ラジオ,テレビジョンのプログラムに参加し,写真の撮影を認め,新聞雑誌の記事を書き,これを後援し,また商品の広告に関与しないことを承諾する。
選手会側(原告)の主張
この点、この統一契約書16条を読むと、「球団の選手だから球団の宣伝には協力してください!」ということが規定されているにすぎないことから、そのように主張を行いました。
つまり、この条文が述べていることは、次の3つに限られています。
①(撮影について)
球団が求めた場合、選手は写真撮影、映画撮影、テレビ撮影に応じること
②(撮影された"もの"についての権利の帰属について)
この写真撮影、映画撮影、テレビ撮影に関係のある肖像権、著作権が球団に帰属すること
③(撮影されたものの利用について)
この際撮影されたものを球団が「宣伝目的のために」利用してもかまわないこと
特に注意が必要なのは、次の点です。 ①については、明確に写真撮影、映画撮影、テレビ撮影の3つに限定され列挙されています。②については、①をうけ「このような写真出演等」とされており、この3つに限られた権利の帰属であることが明らかです。 ③については、あくまで球団の宣伝目的に利用してもかまわないといっているに過ぎず、「球団のポスターなどに利用してもいいですよ。」と書いてあるに過ぎません。
この契約条項は、プロ野球の宣伝目的での肖像利用を許容するものであって、商品化のための肖像利用を許可したものではないから同認可は違法であるというものである。
本件での争点は、①本件契約条項の有効性(信義則、公序良俗違反からの検討)、②本件契約条項の解釈(氏名及び肖像の使用権の譲渡又は使用許諾の有無)である。
第一審判決 東京地裁(第一審)平成18年8月1日判決
本件契約条項の解釈について
被告らの主張
要旨
原告ら各選手の氏名及び肖像の商業的利用権たるパブリシティ権は,次のとおり,本件契約条項に基づいて,被告らに譲渡されているか,又は独占的に使用許諾されている。
(1)条項の文言
本件契約条項1項は,球団が指示する場合に,所属選手が写真等に撮影されることを承諾する旨を定めているが,ここでいう「球団が指示」には,球団の一般的な指示(練習風景の撮影等の場合)と個別的な指示(カレンダー,コマーシャル・フィルム等の製作のためにする撮影等の場合)とがあり得る。
そして,同項は,球団の指示により撮影された所属選手の写真,映画,テレビジョンに「かんする肖像権,著作権等のすべてが球団に属し」ていることを所属選手において承認する旨を定めているが,ここで「属し」というのは,あたかも原始的に一方の契約当事者が支配権を持つような態様で,つまり,個別の譲渡等の意思表示を必要とすることなく,一方契約当事者が権利を取得するという趣旨で用いられるものである。そうすると,かかる「属し」という文言からしても,同項は,選手らの肖像権のうち財産権としての商業的利用権(パブリシティ権)を,少なくとも野球選手契約期間中について,球団に譲渡する趣旨のものと解すべきである。
仮に同項の文言解釈から肖像権のうち財産的な権利(パブリシティ権)を契約の存続期間の範囲で球団に譲渡したといえないとしても,本件契約条項1項には,「選手はこのような写真出演等にかんする肖像権,著作権等のすべてが球団に帰属し,また球団が宣伝目的のためいかなる方法でそれらを利用しても,異議を申し立てないことを承諾する。」と規定しているのであるから,同項は,選手が球団の指示に従い写真,映画,テレビジョン等に撮影されることを契約上義務付けるとともに,当該契約の存続期間,選手に帰属する氏名及び肖像の財産的価値に関する権利,すなわちパブリシティ権を球団が球団の宣伝目的という営利目的のために独占的に使用することを許諾したものであることは明らかである。
(2)「宣伝目的の意義」
本件契約条項1項は,球団が所属選手の肖像等を「宣伝目的のためにいかなる方法で」も利用できることを定めているが,ここで,「宣伝」とは,球団を公衆に周知させ,広く球団に関心を持ってもらうような行為を指すものということができる。
さらに,球団はプロ野球組織に属することを当然の前提とし,プロ野球が普及し発展することをその存立基盤とするものであるから,プロ野球組織の一員としての球団,並びに球団に属する選手,更にプロ野球組織そのものを広く公衆に訴求し,認知させ,プロ野球の人気を高めることを目的とする行為はすべて同項にいう「球団」のための「宣伝目的」の行為であり,このために利用することが,同項にいう,球団の「宣伝目的のため」の「利用」である。我が国においてパブリシティという語が普及したのは近々20年ほど以前からのことであり,それまでは,適当な訳語がなかったので,「宣伝目的」としただけのことである。現在通用しているパブリシティに当たる語として「宣伝」と表現したものであり,宣伝という日本語の辞書的な意味からみても,これをことさら狭く解釈しなければならない理由はない。
(3)本件条項の解釈の合理性
まず、1項の文言に限定がないことを挙げている。
本件契約条項1項では,「宣伝目的」について述べる前に,「肖像権(中略)のすべてが球団に属し」と無制限に広く規定されているところからみて,「宣伝目的のためにいかなる方法でそれらを利用しても」という部分が,球団の権利の行使を「目的」の点から制限しようとしたものとみることはできない。
選手の肖像を利用することにより、球団ひいてはプロ野球の人気を高め、これによって球団・選手双方の利益を図ることができるとしている。商業化であるか否かを問わず、「宣伝目的」にあたると解釈するべきだと主張している。
2項の存在について
「宣伝目的」を狭義に解すると,宣伝をしてもらう側(球団)が,第三者に対し金員を支払うのが通常であり,第三者から金員の支払を受けるという事態は本来ないはずである。ところが,同2項は,「なおこれによって球団が金銭の利益を受けるとき,選手は適当な配分金を受けることができる。」と定めており,同1項に規定する肖像の利用について,金銭を受けることがあり得ることを前提にしている。
選手の肖像が,「写真,映画,テレビジョン」に撮影された結果,それが広く商業的に利用されることを認めた条項であると解すべきである。すなわち,ここでいう宣伝目的の利用とは,パブリシティ権の活用をも当然に含む意義のものであって,このような利用により,球団及びプロ野球組織の存在を公衆に周知させ,広く球団プロ野球組織に関心を持ってもらったり,プロ野球の人気を高めることに資する限り,「宣伝目的」である。
3項について
選手が自由に,商品の広告に自らの肖像を利用し得るとすれば,同1項に定めた球団の選手の肖像権の球団への譲渡又は独占的使用許諾及び球団によるその「宣伝目的」のための利用権は空洞化し,無意味なものとなることは確実であるので,かかる行為については,球団からあらかじめ承諾を得ることとしているものである。これは,選手の利益を尊重するとともに球団の利益や信用が不当に害されることのないよう,調整を図る趣旨に出たものである。
同3項は,このように,球団の承諾なく,選手が商品の広告に関与することを禁じているから,選手が,その肖像についても,その経済的価値に基づき(少なくとも商品に関連した)商業的な利用を行うことを禁じている。